Taiki: Kôji 2 {1143} 3.8 Entry

康治二年三月八日条
Translated by Jitsuya Nishiyama

Eighth day. < Kinoto no ushi. 1 > I went to see Cloistered Senior Retired Monarch Toba, 2 and then saw Junior Retired Monarch Sutoku. 3 While we were talking, Sutoku said, “There is a monk in Kumano Nachi Grand Shrine. He claims he is from Song China and his age is twenty-nine. He came to Japan at the age of eleven, and he knows only The Analects of Confucius and The Classic of Filial Piety. < He learned these while he was in Song China> He chants these texts in Chinese. When he was in Song China, he was in Júzhōu.” Sutoku ordered the monk to report about his experiences from when he was in Song China until now. < He wrote this report on one sheet of paper.> I asked Sutoku for permission to look at this paper, and the retired monarch granted the permission. I copied his text and withdrew. {I asked around, and} I heard that his writing is remarkably poor.
  1. The second day of the sexegenery cycle.

  1. Toba (1103-1156, r. 1107-1123)

  1. Sutoku (1119-1164, r. 1123-1142)

Original Text 原文

康治二年三月八日条

八日、〈乙丑、〉詣鳥羽、次詣新院、御談合次勅曰、熊野那智有一僧、自称宋朝人、生年二十九、十一歳渡日本国、所習論語・孝経而已、〈在宋国時習也、〉唐声誦之、在宋国時在橘洲、勅令註進自在宋国時至于今之事、〈一紙書之、〉余請見之、上皇許之、書写退出、其文甚鄙陋云々、

Kundoku 訓読

八日。〈乙丑きのとのうし。〉鳥羽に詣で、次いで新院に詣ず。御談合の次いで、勅して 1 曰わく、熊野那智に一僧あり。自ら宋朝人と称す。生年しょうねんは二十九、十一歳にして日本国に渡り、論語・孝経のみ 2 を習うところなり。〈宋国に在りし時に習うなり。〉唐声からごえ 3 にて、これをじゅす。宋国に在りし時、橘洲きっしゅう 4 に在り。勅して、宋国にある時より今に至る事を註進ちゅうしんせしむ。 5 〈一紙 6 にこれを書く。〉余はこれを見んと請い、上皇はこれを許す。書き写し退出す。その文、甚だ鄙陋ひろう 7 と云々。

Modern Japanese 現代語訳

八日。〈乙丑きのとのうし。〉鳥羽法皇にお目にかかり、次に崇徳上皇にお目にかかった。話のついでに、崇徳上皇がおっしゃるには、「熊野那智大社に一人の僧がいる。宋朝の出身であると自称し、年齢は二十九歳、十一歳の時に来日し、『論語』・『孝経』だけを学んでいる。〈宋国にいた時に{これらを}学習した。〉中国語読みでこれを読み上げる。宋国にいた時は、橘洲にいた。」という。崇徳上皇のご命令で、宋国にいた時から今に至るまでの経緯を{その僧に}報告させた。〈一枚の紙にこれを書いた。〉私はこの紙の閲覧を願い、上皇がこれを許してくださった。書き写して退出した。{その書き写したものについて人から聞いたところでは、}その文章は甚だ稚拙なものであるという。
  1. 「勅」とあるので、崇徳上皇ではなく鳥羽法皇の言葉である可能性も考えられる。しかし、頼長は『台記』康治二年九月八日条において崇徳上皇の言葉を「勅」と表現しており、ここでは最後に「上皇許之」とあるので、崇徳上皇との会話である。(USC漢文ワークショップ2019講義より)

  1. のみ(而已): …だけ。それだけ。それでよい。文末に置かれ、限定・強意を表す。(『新選漢和辞典Web版』抜粋)

  1. からごえ(唐声):(1)(呉音を「やまとごえ」というのに対して)漢音(かんおん)のこと。(2)美しい声。よい声。(『日本国語大辞典』抜粋) ここでは、(1)の意味。

  1. 今の湖南省長沙。(高橋均「ある中国研究者の早すぎた死:藤原頼長の経書研究を中心として」『王朝人の婚姻と信仰』倉田実 編 森話社 2010年 278頁 参照)今の湖南省長沙にある、橘子洲のことか。

  1. ちゅうしん(注進)1. 文書用語。事件の詳細や調査結果を記しつけて進達すること。2. 情報を知らせること。部下やその他情報提供者が知らせをもたらすこと。近世、急使による注進が戯曲の手法に用いられる。(『角川古語大辞典』抜粋)

  1. 一紙(いっし):一枚の紙。

  1. ひろう(鄙陋):品性・言動などがいやしいこと。見識などが浅はかであること。また、そのさま。(『デジタル大辞泉』抜粋)中国の教養人にとって『論語』・『孝経』は最初に学ぶ基礎的な経書で、これらを11歳で学び来日した後には、中国語でほかの経書を学ぶ環境ではなかったことを考えると、漢文を書く力は来日以降上達していなかった可能性が高い。(高橋均「ある中国研究者の早すぎた死:藤原頼長の経書研究を中心として」276-280頁 参照)